“教育を考える”〜 受験 非行 問題行動、子育ての悩み、思春期・・ 理解と対応
40年の地方の公立中学校の教師の経験をもとに、思春期の子供達の問題を考えていきますカウンセリングの理論なども活かした内容となります悩んでいる保護者・教師の皆さんの参考になれば幸いです
毎日のように、ニュースを賑わす青少年にまつわる事件。虐待なども含めた大小様々な事件の中に埋もれて、事件にならない“事件”も日々起きています。
中学校でももちろんそうで、誰しもが、「おいおい・・」と思うような場面を体験していることでしょう。
なぜ、そういう難しい子どもたちが現れるのか、いわゆる「ちゃんとした子ども」が大多数の中で・・・
それらを考えながら、実例を交えて、対応のポイントを探っていきたいと思います。
一言では言い表せない「青少年の問題」・・・解決困難な実態
子どもの問題、と言っても様々なものがあります。特に最も目につき、解決も難しい不登校やいじめの問題には、いまだ特効薬もなく、国をあげて困った問題となっています。他にも困難な問題は多数あり、家庭も学校も苦慮している実態があります。
そうした、解決の糸口になるものはないのでしょうか?
一方で、ほとんどの子どもは「普通」に成長する
マスコミでは、問題ばかりが取り上げられるせいで多くの若者が問題を抱えているように見えますが、学校の立場からみると、「そんな児童生徒はうちにはいないんだけどなア、という感じです。
実際、私の勤めてきたところは田舎ばかりとはいえ、40年間で、たとえば教え子が援助交際で補導された、とか暴走族に入って事故死した、などということ体験は皆無です。
ほとんどの子どもたちは、凸凹はありますが、ほぼ健全に育っていくものです。99.9%の子どもたちは大丈夫なんです。
それでも子育ては苦労する!〜ハラハラ、ドキドキの毎日・・・
ほとんどは大丈夫なんだけど、でも、中学生になったら急に「ウッセーな!」などと言動が乱暴になった、何にでも反抗する、逆に口をきかない・・・
こういった「事件」にならない事件は、逆に至るところに見られ、日常茶飯事となっています。
大人にとっては「これからこの子はどうなるんだろう???・・・」と、ハラハラドキドキの毎日ですよね。
なぜ、そうなっちゃうのか、そうならずに済む方法はないのか、をおいおい探っていきましょう!
まず、問題行動とはどう捉えるか、ということ
いくつかの視点 1、病気・障がいの疑い 2、外的要因 3、生育歴・環境要因
1、病気・障がいの疑い
色々な問題行動が、病気・障がいが原因の場合があります。
これは、即座に専門家、つまり病院に行くことをお勧めします。
問題は、判断がつかない場合。「病気というほどでもないしなあ・・・」という感じで、診察を受けることを躊躇される場合です。
私の見解としては、何かおかしい、変だ、困った・・・ということが起きたら、一度は病院での受診をお勧めします!
体の異変があれば、まともな考え方としては「早いうちに受診を」というのが常識ですよね。それなのに、「心の問題」的なことには、親は受診をためらいがちです。
なぜでしょう????????
「心の問題」は恥ずかしい???
そこには、「心の問題は、深刻!」という心理、もっというと「精神病とか診断されたら大変!」もっというと「精神の病なんて、障がい児なんて、世間体が悪い!」というものがあるのではないでしょうか? そして、その事実を親自体が、「受け入れたくない」という気持ち・・・日本社会の場合、そんな社会心理が働きやすいようです。
勇気を持って「賢い親」に! → ともかく早期の受診を! 何よりも子どもさんのために!
しかし、受診が遅れ、対応が遅れ、症状がいっそう悪くなって・・・ということになると、苦しむの当の子どもだということを心に刻んでください。障がいがある場合も同様です。
受け入れ難い事実を受け入れるのは、正直つらいことでしょう。お年寄りや親戚などとの確執など、大人の問題も絡まってきます。
しかし、問題行動や症状の改善のために、まず第一に越えなければならない問題は、「子どもの事実を受け入れる」ということなんです。
不登校の症状が、子どもに現れた場合、「学校で何かあったのでは? いじめに遭っているのでは? 教師の問題があったのでは?」などと、原因を「外」に求めがちです。その気持ちは分かります。外的理由があった方が、親としては気持ちが楽なわけです。
また、外的要因が確かにあることもあります。これは学校などの問題で、同時に確認作業に入らなければなりません。学校の立場も「親が悪いから」というバイアスがかかりやすいのです。その方が楽だから・・これは厳に戒めなければなりません。
日本は、同じ病院でも、精神科や心療内科など、「心」についての病には、つい重く暗い印象を持ちがちで、とかく深刻に捉えがちです。それはまた病気に対する偏見でもあります。
とても重いと思われている統合失調症(昔は精神分裂病と)も、出現率は1%と言われています。100人に一人はいらっしゃるということです。発達障がい(アスペルガー症候群、ADHDなど)は私が勉強した頃は、10〜15%と言われていました。つまり、40人学級だと4人前後の、とても落ち着きがないなど、その傾向のある児童生徒がいるということです。決して珍しい存在ではないのです。
いわば、虫歯のある子とか、メガネを使っている子とかと同じなんです。数万人に一人だとか、特別に、深刻に考えないこと、偏見を持たないこと、特に我が子を「異常」扱いしないで、現実を受け入れ、明るく励ましながら適切な対処をしていくことこそ、「賢い親」の姿です。そこから「問題行動」対応への第一歩が始まります。
「現実」を受け入れられないと・・・
どうも発達障がいの疑いがあるな・・専門家の助言が欲しいな・・と、学校の立場で思っていても、なかなかストレートには申し上げられないものです。
というのも、先ほど書いたように、「心の片寄り、個性」というより、「精神の異常!」という認識がついてまわり、我々の社会ではとても抵抗が強いからだと思います。あえてキツイ表現をすれば「うちの子を精神異常扱いするんですか!」もっと言えば「キ○ガイ扱いか!」という家族もいないわけではありません。そうなると、家庭と学校の連携、などということは夢物語になってしまいます。
そうなると、まずは信頼関係作りから始めなければなりません。子どものためにはとても遠回りになってしまうのです。
教師は、医師ではありませんから診断はできません。しかし、毎日子どもたちと接しているので、やはり色々と気づくこともあるのです。それが「専門性」ということです。ですから、なんとかまずは受診を、という思いが強いのです。その上で、病気や発達障がいが認められたら医療的なプローチから、認められなければ、次のステップへと考えるわけです。
この段階抜きで、教師が勝手に次のステップへ行くのは、科学的ではありません。また、傲慢でもあります。
体の健康に例えて言えば、インフルエンザで高熱が出ているのに、市販の風邪薬だけ与えて、「気合いで治せ!」と言ってるようなもの。胃ガンがあるのに、胃薬で治そうというようなもの・・・
本当は脳の腫瘍があるのに、カウンセリングでなんとかしようという学校・教師を信頼することができるでしょうか?
現実を受け入れる勇気を持って、まずは「賢い親」そして「賢い教師」(教育者)になりましょう!
病気・障がいではなかったら? → 生育歴理解を!
病気・障がいが「無い」ということは、実は難しいところで、誰しも「心の偏り」はあるもの。その気になれば、誰にでも「病名」はつくことでしょう。「普通の人」というものは無いと言ってもいいと思います。
問題は、今の人格が、この世界に適応できているかどうかということです。「生きづらさ」を抱えていたり、「不利益」をこうむって、とても困っている状況かどうかということです。
ここでは、それほど生きづらさは無いけど、という前提の話をしていきます。
医者にかかるほどのことはないとなったら、次は「生育歴」を見直してみましょう。
これにも、実はとても「勇気」が必要となります。親御さんが「ダメな子育て」というレッテルを貼られるリスクを背負うことになるからです。そこには当然、大きな「壁」が立ちはだかるのです。
不登校、いじめ、授業妨害、非行など、学校で起きてることだろう、学校・教師の責任は当然あるだろう!!!!
そういう声が当然、聞こえてきます。それはその通りです。
ですから、「子育ての振り返りを」と家庭に求めると同時に、学校も「学校のこれまでの在り方」を見直す必要があります。これは同時進行で行われるべきことです。
なぜ「子育ての振り返り」が必要か
なぜかというと、人は育てられたように、育ってきたから。
じゃあ、過去は変えられないんだから、考えたって仕方ないじゃん・・・そう思われる方も多いでしょう。
過去を見たって意味がない?
実際、精神科の世界では行動主義的治療法をとる場合が多いと聞きました。過去よりも未来志向で、ということです。「これからどう治療し改善しようか」ということです。
この裏には「犯人探しをしてもダメ!」という思想があるのです。「○○がダメだったから・・・」という見方です。
「母親が至らないから」「父親が家庭を顧みなかったから」「じいちゃん、ばあちゃんが甘やかしたから」・・こんな感じになりそうですよね。人のせいにすれば楽なんです! 実は教育の問題はこのことが解決の壁になることが多いのです。
家庭からすれば「学校は何をやってるんだ!」、学校からすれば「親は何をやってるんだ」・・これこそ、不毛な、責任の押し付け合いです。これは、解決方法が見出せない不安からくるものです。とりあえず、当事者・責任者に問題を丸投げするわけです。しかし、このレベルのやり取りでは、対立を生むことしかできないでしょう。
意味のある「過去」の見方=「発達課題」を踏まえて
エリクソン「発達課題」とは = その「時期」の宿題
えーと、、、何エリクソンさんだったか、(何人かエリさん、いるんで)の「発達課題」が有名です。
簡単に言うと、人間は、その時その時に、こなさなければならない、または、与えられなければならない、必要な課題がある、ということです。きっとどこかで聞いたこともあると思います。例えば、幼児期には、たっぷりと親の愛情をかけましょう、とか。
具体的には、
生まれた直後には、母親の暖かい温もりと母乳が必要。その「安心感」が子どもに「ああ、この世界は心地よくて安全なんだ!」という「基本的信頼感」が育まれるといいます。
逆に、不幸にして誰にも歓迎されず、こっそりトイレで産み落とされ捨てられて、たまたま保護されて、、、などという目にあった子は、心の奥底に、「この世はなんて寒くて不愉快で寂しくて不安で、嫌なところなんだろう・・・」という認識が刻まれるそうです。「この世は、安心できない、危ない所」という思い!ここに信頼感などというものはありません。「基本的不信感」が刻み込まれるのです。そして、後に凶悪犯罪を起こす人は、このような悪環境に育った子であることが多いようです。
かつて、小学校に乱入し、何人もの児童を殺傷した犯人は、死刑になる直前まで反省の弁は無く、「この世はクソだ!さっさと殺せ!」と言いながらこの世を去りました。マスコミは「犯人の心の闇のナゾは永遠に」のような書き方がほとんどでしたが、彼の生育歴の悲惨さを照らし合わせて、原則に従えて見れば、決して謎ではなく「必然」なのだと言えるでしょう。
基本は「やり直し」(育てなおし)
「過ぎ去った過去をどうすれと?!」一斉に、そういった声が聞こえてきます。ふつう、そう思いますよね。「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」という言葉も続いて聞こえます。
ところが、「過去の影響」は変えられるようですよ! これはいくつかの体験をとおして、断言できます。思春期の子供たちの問題行動の対応として、かなりの効果があるのです。これは「育てなおし法」「再接近法」などと呼ばれる手法です。
「育てなおし法」「再接近法」とは
端的にいえば「足りなかった部分をやり直す」ことです。
先ほどの成育歴を丁寧に振り返り、
「この時期に与えるべきだったものが、足りなかったな。その影響や弊害でこんな問題行動が発生しているのかもしれない。では今から補おう。それで満たされて問題は消えるだろう」
と仮説を立てて取り組むことです。
え?そんなことできるの?時間がかかるんじゃない?・・そんな言葉が聞こえてきますが、実際にやってみると意外なほどの効果が出ることがあります。100%の成果は約束できませんが、仮説・対策がツボにはまれば、あっという間に問題が改善したこともたびたびあって、自分自身驚いたものでした。これも専門知識や技能はなくても大丈夫、子どもさんへの愛情と少しの忍耐力さえあれば。
具体的な対策方法を少しあげてみましょう。詳しい事例は別の場で紹介しようと思います。
ex.1 激しい親への反抗、校内非行、夜遊び、喫煙などを繰り返す中2男子への対応例
田舎町の普通の公立中学校のツッパリ君の例。 1年生の中頃から数人の仲間とツッパリ始め、やがて学校としては、ほとほと手を焼くまでに至りました。問題行動のあるたびに母親が呼び出され、「家庭でもしっかり指導をお願いします!」と、教頭あたりからお決まりの「ご指導」をされ頭を下げて帰る・・・こんなことが何度も繰り返されていました。しかし、当の子供達には何も応えていません。
こんな場合、学校にも有効な手がないのです。やり場のない苛立ちを八つ当たり半分、「親が責任を持て!なんとかしろ!」とぶつけているのが本心の場合が多いです。
お母さんは、呼ばれるたびに、文字通り身をすくめて、平身低頭、ひたすら頭を下げるばかり、会うたびにやつれていくのが目に見えていて、学年主任として同席している私は、気の毒だな、、、としか思えませんでした。
こんな場合、表向きには「申し訳ありません・・・」とは言いながらも、親御さんもどうしていいか分からずにいます。そしてこれが繰り返されると「学校だって・・・」と反発心が育っていきます。結果として協力・連携どころか不信感だけが育っていくという皮肉な結果に陥っていきます。これが一種の「不毛なゲーム」です。当の子供達は、そんな大人の様子を見て「俺たちのせいで大騒ぎしてるよ」と歪んだ喜びを味わっています。「俺たちのために大人が大騒ぎしてくれている」という着目要求行動が満たされた結果になっています。もちろんこれは望ましい決着点ではありませんね。子供達が仕掛けてくる行動に、大人たちがまんまとハマり「大騒ぎのゲーム」を気づかないうちに演じているということになります。
さて、対策ですが
①まず、「ゲーム」にハマっていることに、まず気づく。
②次に、環境や生育歴に焦点を当ててみる。
③足りない部分を補ってみる。
上記の点で考えてみました。
具体的には
①「これまでの指導法だけではダメみたいですね・・・別の方法でやってみませんか?」と親と教師側に(別々に)提案する。
②母親「どんなことでも良い方へ行くなら、頑張ります!」(わらにもすがる思い)
③「失礼ながら、親子関係づくりをもう一度やってみませんか?」(父が高圧的な子育て態度、母親は夫と舅・姑の言いなり)
父親との温かい親密な関係づくり、母親中心の温かい家庭的なムードづくりを意図したもの。これは「温かい居心地の良い環境を整えれば、子供は満足し落ち着くであろう・」という仮説を立てたわけです。
④具体的提案
母親へ「夜遊びとかで朝起きられず、朝食を食べないということですが、とりあえず毎朝ご飯を作ってあげませんか。」
父親へ「彼ももう思春期で半分大人ですから、少し大人扱いしてあげませんか。お父さんの若い頃のお話とかしてあげたらどうですか。」
両親へ「夕ご飯はお父さんが帰ってきてから3人で食べたらどうでしょうか?」
それぞれの提案の意図は分かると思います。要は、これまでと、いま足りないことをやり直しましょう、ということです。
⑤ 結 果
母親は、たとえ拒否されても半年や一年、やり続ける覚悟で朝食づくりを始めたそうです。年寄から「そうやって甘やかすからダメなんだ!」と叱られながらも「今はこれくらいしかできないから・・・」と続けたそうです。夕飯も帰りの遅い父親が帰ってきてから三人の時間を設けたそうです。
父親は、これまでの「怒る、叱るだけ」と対応から、昔のヤンチャ話をしたり、時には一緒にお風呂に入ったりして男同士の話をしたりとかしてくれたそうです。私としては「ああ、よくやってくれてるなあ」と感心はしましたが、実は内心は「半信半疑」でした。提案はしましたが、うまくいくかどうかは正直自信はありませんでした。
で、結果は・・・まず1、2週間で、夜遊びはピタリと止みました。そして毎朝の朝食と、夕食を食べるようになったそうです。
学校での生活も落ち着きを見せ始め、2年生の後半にはほとんど問題行動は無くなりました。彼の仲間たちも同様な対応をしたのですが、みな同じような展開を見せました。親御さんは喜んでいましたが、教師との関係もよくなりましたので、我々も嬉しかったです。
このような手法が「やり直し法」の一例です。「環境調整」とも言えます。「たまたま運が良かったんだろう」と感じる方もいらっしゃるでしょうが、幾つもの事例があります。騙されたつもりで、とにかくやってみてください。
この方法の良いところは
①誰でもその気になれば簡単にできる。
読んでもらって分かるように、特別な知識や技法は必要ないのです。
②副作用がない。・・・うまくいかなかったとしても、害はない、損はない。何かしらのメリットはある。
子どもの問題行動、大変だなあ・・・と苦慮している方も大勢いらっしゃることと思います。でも案外こんな形で改善することもあります。今現在、どうして良いか分からないと悩んでいらしゃっる親御さん、教師の皆さん、とりあえずやってみてください。思いがけない成果があるかもしれませんよ。
重要なこと!
今回の事例の場合、成功した要因で一番重要なのは何か。それは親御さんの姿勢です。私が提案したことを、ちゃんと受け入れてくださったこと、半年、1年続ける!という覚悟を持ってお母さんが取り組み始めたこと、お父さんが変わってくださったこと!本当に感動深いものがありました。